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Osaka Association for High School Mathematics Education

高校数学の次期教育課程について

大阪高等学校数学教育会研究部


本稿は,「大阪高等学校数学教育会会誌 第39号(1998年7月)」に掲載されたものです。

1.序論

1.1 提案の趣旨

目の前に生徒を想像しながら作る教育課程でありたい.文化として数学を伝える、生徒と一緒に数学を作る、そして「生きる力」として数学が生徒の心の内面で育つような教育課程にしたいと考えた.現実の生徒を念頭におくとき、えてしてミクロな状況に目を奪われる.しかし、生徒を見据えミクロな徴候を読み取れば、現実への新たな切り口が生まれる可能性も存在する.ここで提案するのは、そうして生まれたひとつの切り口である.

また、新教育課程を構想する上で、中心となる視点は本当の数学を如何にして生徒に伝えるかである.本当の数学という言葉で、高度で抽象的な数学を意味しているわけではない.世界を認識し、解明する手法として数学を考えたい.

伝えるためには、生徒が数学を学ぶだけではなく、数学をする体験を持たせたい.具体的な対象から、自分たちで考え、数学の単純で深い内容を感じ取れる機会を作りたい.我々教師が、生徒たちの真剣に、かつ楽しく数学をする姿が見れるような教育課程を作りたい.

楽しく数学を学べるはずである.実験や作業を通して何かが分かり、充実感が味わえる数学を作れる教育課程が良い.教室現場での工夫が出来るようにする.多くの生徒を数学ファンにしたい.数学を好む生徒を多く作りたい.

一方、山は高いから登るのであって、数学も意味ある困難さがあるから、時間をかけ真剣に取り組む対象となり得る.一つの分野を深く考え、技術・論理を自由に扱えるまで育てる教育課程が良い.成長を生徒自身が感じ取れる、本気で取り組める内容のあるものにしたい.数学に真剣な生徒を多く育てたい.

そのため本当の数学(の精神)を生徒に生き生きと伝えられるシステムを作りたい.学んだ事柄を活かすことが出来れば、数学の良さを理解できる.さらに、学ぶだけでなく、自分で考えれば何かが分かる体験があれば、生徒の中に本来の前向きに生きる力が生まれる.そうなれば生徒が将来必要を感じた時、再び数学に戻ってくるであろう.

要約すれば、現状でいかに数学教育を真っ当なものにしていくかが、本稿での中心となる問題意識である.生徒の数学的な活動を育てるものにしたい.

現在の社会が数学教育に子供の考える力の育成を要求している.その力で未来を切り拓くことを望んでいる.その要請に応える教育課程を作りたい.

1.2 本稿の梗概

本稿の構成は、以下の通りである.まず現在の社会状況・生徒の状況を述べ、現行教育課程の批判を行う.教育課程審議会の中間まとめについてコメントし、本提案の核となるオプションの形態と課題研究について述べる.各科目の位置づけを行い、最後に具体的な教材の配置を提案する.

数学的な思考を体験するため、広く浅くという発想は取らず、教育項目を削減し、限られた分野を徹底的に学習し、技術を身につけ自ら考える力を育てる.生徒と教師が数学を体験する場として課題研究を設定する.将来数学を技術として必要としない生徒に対して、数学を考える楽しさを体験できる単元を配置する.

具体的なポイントは次の通りである.数学Aのオプションに、作業・実験を伴うグラフ理論を入れる.数学B,Cでは、1単元の選択とし、一つの分野を系統的・徹底的に深めることにより、内容の質的向上を目指す.余裕の時間に課題研究を取り入れる.4単位の数学IIを高校数学の中心と位置づける.限られた教材による集中化と課題研究や理科との関連による広がりの二面で、生徒に数学の面白さを保障しようというのが本案の趣旨である. 

2.現状の検討

2.1 社会状況

社会全体が規制緩和の波に呑まれている.自由化が進み、情報の公開が求められている.変化の激しい時代で、安定した状況でなく、一寸先は闇とも言える.昨日の延長上に明日があるという時代ではない.組織に依存して生きるのではなく、自己決定が求められている.

日本社会として前が見えなくなり、何を目標とするのか分からなくなっている.先進国に手本を求める安易な方法は通用しなくなり、創造的な活動を求められている.その意味で若い世代に「生きる力」が求められている.社会全体の活力を生み出すために、創造的な技術への要求があり、理系教育への期待・要求が強い.

コンピュータが社会に多く入ってきた.時代に乗り遅れる危機感で多くの人がコンピュータに取り組んだ.そのためコンピュータが安価で大衆的な道具になってきた. 技術が急速に進歩する.新しい技術が大衆化する時間が短くなっている.大量の計算が 短時間で行われ、多くの情報が流れるようになった.コンピュータの利用や情報の取り 扱いが教育に求められている.

2.2 学校の状況

今まで学校や教育を縛ってきた枠が見直され、新しい枠は登場していない.古典的な教養主義は排斥され、生徒の表面的な興味・関心に従う方向に流れている.選択科目が増加し、共通履修の科目が減少している.単位制高校が設立され、一般の高校でも学年制から単位制への実質的な移行の可能性もある.また、飛び入学や中高一貫教育など現行制度の改変には熱心である.変動の時代である.

基本的な潮流は、「教育の自由化」である.そして、学校5日制により学校教育がスリム化する.学校教育の手の届かない部分は、子供を地域や家庭に任せる.しかし受け皿としての家庭教育・地域活動は、まだ実際は十分なものとは言えず、その自由化によって生徒が放任されたり、また塾などによる詰め込み教育を受ける危険も存在する.

高校現場での授業日数の減少に対する一般的な対応は、行事を減らし授業時間を確保する方向である.今まで高校が持っていた集団的な自主活動の側面が衰えつつある.学校のカリキュラムでは、共通科目を減らして選択科目の単位数を増やし、生徒の関心が理科系にあれば、そちらの単位数を確保する体制に移りつつある.学校における無駄(ゆとり)の部分が減少している.

2.3 生徒の現状

鉄腕アトムの時代は、科学技術への信頼、正義が規範のうちのあった.セーラームーン・クレヨンしんちゃんからポケモンの時代の子供たちはどうなっているのだろうか.昔「三無主義」などと高校生について言われたが、現在はそのような言葉が使われ無くなったくらい状況は深化している.学校に執着するほどの反抗心もなく、簡単にドロップアウトする生徒がいる一方、表面的には大人に素直な生徒も多い.言われたことに従い、例えば、掃除をサボる生徒が減っている.見方を変えると生徒たちは個人生活に満足しているのかもしれない.

集団への志向が減退する一方、一人一人の個人が確立しているわけでもない.一言で言えば自分勝手になってきた.他人を尊重するのではなく、他人に無関心である.小グループで寄り添う.生徒同士で価値観を闘わせることが無くなり、普遍的な原理などへの関心が減少している.冷静に物事を判断することが次第に出来なくなってきている.

月2回の土曜休業で学校にいる時間が減少し、生徒が興味・関心を持つ対象に関わる時間が本当は増加した.しかし、生徒達は自由をもてあましている.自由に生きる力を育てられていない.現実には塾や予備校に囲い込まれ、高い点数を取ることが最大目標である生徒がおり、部活動に精力を注ぐもの、アルバイトに精出すもの、何もせずただぼんやり過ごすものなど多様化が進行している.そして次第に何事にも無気力な生徒が増えている.

2.4 教室での数学教育

高校の現場では、ハウツー的な数学教授法が幅を利かし、数学が暗記科目になっている.教え込みすぎが目立つ.生徒の自主的な思考を育てる志向が減少している.

出来る生徒でも数学を探求するという姿勢は見えにくい.また証明問題など正しさを求める題材には関心を示さなくなってきた.高等学校から数学クラブや物理部がなくなってから久しい.

繰り返すが、数学に対する取り組みは、問題処理のマニュアルに流れている.数学の技術的な部分のみが強調され、要領よく問題を解き、当面の定期考査を乗り越え、教員も指導の効果に満足する流れになっている.感動も無く仕事のように数学をする.考査が終わると、すっかり忘れてしまうような知識である.その場限りの技術では生徒は自分に自信を持てない.3年になり大学入試問題を解くとき、基礎知識の無さに愕然とする状況が生まれている.そして塾や予備校で教えられるマニュアルに当てはめ、答のみを得ようとする.センター試験がその傾向を加速する.

生徒には数式の奥にある数学的自然を想像できない.定義・概念から考えるという思考力も訓練されていない.数学自身の問題の捉え方、発想の流れが学習によって獲得されず、感動をもって数学を理解する経験も無く、単に個々のテクニックの集積となり、暗記科目と考えられている.数学が大衆化したことにより、どんな生徒にも考査で良い点を取らせようとする教員の努力が、皮肉にもその結果を生みだしている.

2.5 大学入試

現場において一番大きな影響力を持っているのは大学入試である.良い問題は生徒に考える動機を与え、数学的な自然を感じさせ、達成感を得させ、数学の技術的有効性を体験させる.高校3年間の数学を有機的に統合する上で一つのきっかけになる.そのためにも数学の力・数学的自然を実感できるような題材をしっかり学習すべきである.

現実には、多くの生徒が入試に数学のある大学を受験する高校では、多くの題材に対応するため、授業の進み方が早くなり、数学自体の理解を深めるより、問題解法の練習に費やす時間が多い.問題解答集のような教科書に人気が集まる.マニュアル化が進行している.時間的なゆとりが無く、進学校では数学教師は休暇が取り難い.

また、考査による評価方法は、入試問題が一つの典型となっている.数学能力の評価が考査のみで決まる.要領の良い生徒の評価が高くなる.時間をかけ独力で考える生徒に対す適切な評価方法が出来ていない.生徒の個性の多様性を認めるのなら評価方法も多様でなければならない.同時に大学も求める生徒の選抜に多様性を求めなければならない.特にセンター試験の形式は個性を育てるのに適していない.

3.現行教育課程の評価

3.1 モジュール方式

個々の単元で導入、理論展開、応用とつながり、自己完結するモジュール方式は、目標が明確になることで学習の動機付けができ、また生徒の学習の多様化に対応する有効な手法であると考えられる.いわゆる現地調達方式はその流れから必然である.

現行のモジュール方式の問題点は、オプションで単元ごとの内容の量が均一化されていることにある.具体的には、ベクトルが1単位分になった.しかし、ベクトルとして十分に理論を展開し、応用まで入れると、1.3〜1.5単位分程度の量であり、現在の形では中途半端に終わらせることになった.

この内容面でもいくつかの問題がある.具体的には複素数平面では、方程式論と複素数平面が二つ混じっているだけで、一部統合的な内容もあるが、単一のモジュールとはいえない.また、数学Cのそれぞれの章は、モジュールといえるだろうか.

また、コア部分ではモジュールよりも数学として教材間の系統性・発展性を重視すべきである.

3.2 コアオプション

コアとして、微積分への流れをとるのは当然である.微積分の持っている教育力について異論はないし、標準的な教程が確立している.望むらくは、記号操作だけに偏らないように、現実の世界への適用を意識的に含み込んでいくことである.現行課程で微分方程式をはずしたことで理論の応用に欠けた.力学的世界観を目指さないのなら、何のた めのコアであるのか.また、文系の人には記号操作より概念を中心に教えることが重要 である.

解析を主流に置くことによって、代数的なものが軽視された.整数や方程式などの代数操作の小世界で論理的な透明性・厳密性も捨て難い.また、方程式を解くという観点が弱くなり、他の分野への応用・有用性を実感できなくなった.解を探し出す機械的な式計算の有効性は捨て難い.その意味で系統性が失われている.

オプションの選択科目は、当然ながら生徒が内容を選択するのではなく、現実には教師が選択し生徒に教えているから、選択科目でも生徒の意欲が向上するわけではない.その選択も大学入試の影響を受け、実質的には画一的であった.ほんの一部の余力のある生徒が多くを学習しただけの選択であった.

オプションでは生徒の意欲を引き出すため、生徒による自由な選択が可能な状況(特に入試科目の設定)を作ることである.

3.3 数学C

現行教育課程の構想と現実との乖離が、最も激しいのは数学Cである.本来文科系の数学を必要としない生徒に対する科目が、入試科目に設定されたため、理系のほぼ必修科目になっている.理科系を学習する生徒にとって、内容は当然不十分である.

高校で数学を終える生徒に、良い思い出が残るような数学の科目があることは、意味があると考えられる.しかし、現在の数学Cのようにコンピュータで行列計算しても、楽しい数学になるとは思えない.多くの基礎知識を要求しない題材で、作業や実験から考えさせたり、考えると何かが分かる経験をさせたり、美的な感覚に訴える題材を学ぶとか、具体的な材料で数学の有効性を理解させる方が良い.

4.教育課程審議会中間まとめ

教育課程審議会の中間まとめの基本的な主張である「学校が子供たちが伸び伸びと過ごせる楽しい場にする」ことに全面的に賛意を表する.それを実現するための数学科に関する方策を提案したい.具体的な提案については節を改めて述べることにし、ここでは数学科と直接関係する3つの項目についてコメントする.

4.1 情報科について

コンピュータを扱う教科として情報科が独立するのは、多くの教科がその成果を利用する基礎として意味がある.生徒たちがコンピュータに習熟することを求める社会的な要請もある.また、インターネットを通じて学校が外の世界と交流を持つことも時代の流れかもしれない.

教科内容として資料の処理など多量のデータを扱うものは、情報科でも扱って欲しい.統計として意味ある材料を用いると、総合的な学習に近くなる.情報B,Cの教科内容にプログラムに関するものがあるが、その例として現行数学A,Bにあるように数学の実験やグラフィックを入れ、視覚化などに役立って欲しい.

本教育課程案として、情報科に期待することは、後で述べる課題研究の基礎である実験(数値やグラフなど)において、コンピュータの探求的な使い方ができることと、調査や研究内容の発表においてインターネットなどの情報手段が活用できることである.

情報といっても無目的に受け取るだけでは、当然何の意味も無い.こちら側に知りたいこと伝えたいことを持っているから、インターネットというシステムを活用できる.さらに発信するためは表現力・論理の厳密化が必要になる.情報科を学習する意義は課題研究をやることによって体験できる.

4.2 数学基礎について

数学 I と並んで選択必修となる数学基礎は、今までの複線化の教育課程が失敗してきた前車の轍を踏むと思われる.数学に関心を持てなくなった生徒に対応した教材は大変難しい.それぞれ生徒の事情が異なるからである.それでも、このような生徒に数学の楽しさ・良さを味わえるような科目を別個に設定することは大いに意義のあることである.

しかし、中間まとめにあるように、数学史の話題を通じて中学で習った、例えばギリシャの幾何形成を追体験しても、その効果は疑問である.生徒は高校生になり何か新しいことをしたいという気持ちが損なわれる.中学での古傷の再生産である.数学に関心のない生徒に数学史は有効だろうか.日常の事象を処理するための資料の整理を、数学教師として教え甲斐があると感じるだろうか.消費者数学のような日常生活にある内容を学習して生徒は面白く感じるか疑問である.生活で役に立たないのは、体育でも芸術でも同じである.教え込みによるテストの締め付けがなく、具体的でそれ自体が面白ければ嫌いにならない.

また、評価のあり方を変える教材が望ましい.数学嫌いの生徒に技能の到達度を計るだけの考査では対応できない.発想や論理的な表現力など様々な尺度を可能にする教材が良い.

数学嫌いの生徒向けの教科内容としては、本案では数学A,Bにある内容を考えている.この内容は文科系の数学を必要としない生徒も対象としている.

一つは、生徒に美しいと思える内容である.グラフ理論などを通じて正多面体を扱う.他にもしきつめの文様や蜂の巣が正六角形になっていることなどを教材にすれば良い.中学までの数学と一見無関係のような新鮮な教材で授業する.

もう一つは、コンピュータやグラフ電卓、なければ通常の電卓でも良いから具体的に何かの機器を使って、整数の計算や組合せ・確率・統計や消費者数学の内容でも計算する.機械を次第に自由に使えてくると、その楽しさで十分生徒の意欲を引き出すことができる.そして生徒が計算したいものを計算させ、結果を教師と一緒に考えれば良い.

実際に教室でこのような授業をするのは、教師にとって難しい.しかし教師が楽な数学では、生徒にとって(教師にとっても)楽しい数学にはならない.教員の教え込みの姿勢を修正し、生徒の活動を援助し方向づける実践が求められる.

最も危惧することは、数学基礎がセンター入試の科目になるため、知識を重視する内容が中心となることである.テストしやすい内容を取り上げると、数学基礎の本来の目的から逸脱する危険性が生まれる.また、入試問題の解法が現場の一つの到達目標となるため、教え込みが復活する.基本的な部分や方向づけは教員が担当するにしても、興味や関心に応じた題材を時間をかけ、生徒自身が探求するのを保障することが、数学の楽しさや有効性を体験する基礎である.

4.3 総合的な学習の時間について

様々な分野で基礎にある数理的な部分を数学が担当できるし、生徒が数理的な思考の良さに触れることのできる機会であるから、総合的な学習の時間に対する期待は大きい.各教科に分かれている個々の知識を結びつけ、生徒が一つの世界観を作ることに繋がれば、大変有意義である.単位や担当者、時間割など様々な困難があるが、試行してみる価値は大いにある.複数教科の教員が協力し、専門を活かし工夫して授業を運営するべきである.

実質的に成功するためには、実際に授業できるプログラムを多く作成することが当面の課題である.考えられる教材は以下の通りである.

環境に関係する諸量の変化を微分方程式や差分方程式などで表現し未来を予測する、微積分と力学との関連付けを系統的に行うなど、数学と物理・化学などと統合的な内容を教材化する.生物を確率や差分方程式を利用して理解する.また、経済や社会統計に関連する内容を統計的に処理し、その意味を理解することも考えられる.

授業形態として課題研究を取り上げるのが適当である.小人数による班別学習などを保障する.問題意識を持って本などを調査する.社会統計では情報公開が進み、様々な情報を得ることが可能になる.その際、コンピュータなどを利用して資料を適切に判断に活かせるような学習も考えられる.確率・統計の考えを活かせる.その成果をインターネットなどを通じて公表できるようになればよい.

5.新教育課程の構想

5.1 数学の教育的意義

学校5日制が成功するためには、生徒の「生きる力、自己学習力の向上」を図らなければならない.なぜなら、学校教育の占める時間が減れば、生徒にその分を任す必要が出てくる.そのゆとりを有意義に過ごすためには、生徒が自主的に学習するように育てなければならない.

また、将来が不安定な時代に生きていくためには、自分に頼らねばならない.自分が納得できる理屈が必要である.難解なものが必要でなく、本当に納得できる論理が生きる力につながる.

その生きる力を生み出すため、しっかり正しいと確信できるまで考え抜く力が要求される.不確定な時代を生き抜くために、自ら考え判断できる生徒を育てなければならない.さらに考えを伝えるのには論理力が必要になる.

それ応える教科のひとつは数学である.すべての教科に独自の存在理由があるのは当然としても、新教育課程を実りある物にするためには、重点を置く教科があるはずである.基礎・基本は教科間にも存在する.考えさせる教科として数学を基礎科目とすべきである.

総合的な学習の時間では、他の自然科学、社会科学において、現象を数学的にモデル化して、考察の対象にできる.シュミレーションなどに数学を活かせる.直接的な数学の応用もある.

また、思考力を育てる上で数学の果たす役割は大きい.問題を考える際、実験、定式化、見通し、論理的な詰めなどの訓練として、数学が一番典型的な例となる.価値観の異なる外国の人との交流において、数学を学習する際の普遍的な論理を使う訓練がいかせる.

これらの意義を実際のものとするためには、数学や問題を深く考えるだけでなく、生徒が自分の関心から考え始め、その過程を教師が援助し、結果を発信する場を設定する必要がある.その場を実現する手だてとして後ほど課題研究を提案する.

生徒は高校を卒業しても残り50年ほどの人生がある.10年や20年で一変する知識だけを与えるべきではなく、自己の思考に自信を持たせるなど長い視野で考えるべきである.

5.2 コアオプション

コアオプションの形式は継続する.コアについては、微積分を目標とするコースとする.コアの内容は、2次関数・三角関数・方程式など、他の単元で利用できるよう系統性を重視する.

オプションのシステムを大幅に変える.

数学Aは、現行に近い形で、3単元から2単元を選択する.

数学B,Cでは、2,3単元から1単元の選択とし、さらに課題研究を履修する.選択する単元を削減し、各単元では内容を深める.「攻めの精選」を行う.様々な知識を与えることを止める.あれもこれもと教えると結局数学が暗記科目になる.そして各単元については、モジュールとしての有効性を持つため、現在の教授内容よりも深い内容まで系統的に学習する.2単位あれば余裕があり、授業スタイルを探求的にすることが可能になる.特定分野を系統的に深く理解することによって、生徒に自信を持たせ、学習の面白さを理解させ、また数学を扱う能力を身に付けさせる.

つまり1単元の選択とする理由は、狭くとも深く学習することにある.どれかの分野を選択すれば、その内容が1年間続くわけだから、生徒が途中で分からなくなったら、基礎からやり直さねばならない.定期考査が終わると前と違う内容というわけではない.生徒にとって辛いかもしれないが、基礎基本はその様な反復によって身につく.体系的な学習をやり切ることによって、自信が生まれ、生きる力が育つ.術の習熟があって、初めて自由を獲得できる.一つの分野に習熟することで、他の分野を理解しやすくなる.生徒が一つの内容を継続的に愛着を持って考え続けることを目標としている.

また、1単元選択により生徒個人ごとの選択が可能になる.芸術科目の選択のように、生徒の希望選択による講座を開く.例えば、3単元から2単元選択では、すべての組み合せが成立した場合、授業が共通に進行しないので、生徒による選択を実施しにくい.

1単元は1.5単位程度の分量とし、余裕の時間で次に述べる課題研究を実施する.

5.3 課題研究

生徒が自主的・自発的に学習する場として、課題研究を設定する.課題研究はすべての生徒を対象としたものである.生徒の能力・関心に応じて課題を設定する.自分の好奇心から何かを深く考える経験を持たせたい.理科教育で実験が重要であるように、数学教育においても実験を重視する必要がある.そのための課題研究である.本を調べ、実験をさせ、考える時間を十分に保障し、間違いを許すゆとりを持ち、数学自身に生徒が愛着を持てるようにする.自然の中に存在する数学的な法則を見つける体験をさせたい.発見すれば、何故と言う疑問が生じ、証明したい情動が生まれる.他人に伝えるため論理が必要になる.証明することの意味を理解できる.

また、個人または小集団により、学習内容が異なることは、生徒を共通の尺度で学力を計らないことになり、技能を計る相対的な学力観(順位付け)から解放されることになる.個人の独自性が尊重されることになり、ひいては個性を育てることにつながる.逆にテストに縛られた数学を解放することになる.

以上の理由により、オプション(数学B・C、可能ならば数学A)に、課題研究的な分野を設定する.さらに、総合的な学習の時間に課題研究(分野は数学と限らないが)を設定する.以下数学B・Cにおける課題研究について述べる.

現行教育課程でも理数数学 II に課題研究の単元がある.特別講義・講読研究・演習・実験・実習と分類されている.本稿で主として考えているのは、実験・実習を伴う課題研究である.実験から法則や結果を見つけるのが本来の目標である.教材が整理され、教員が習熟するまでは、他の形態でも実施することは望ましい.しかし、現在最も必要とされる形態は、生徒が自分たちで調べ、実験し、考え、発表するシステムである.

「狭くとも深く」を極限化したものが課題研究であるといえる.一つの定理や法則を調べるだけで2ヶ月ほど使うことになる.実際の授業について次のように考える.

テーマ

範囲は数学とする.数学B・Cの内容に限定しない.数学 I の必修部分のみを前提にするものでも可能とする.発展的な分野を扱うためのものではない.問題解決学習の課題を使える.要求される知識が少なく、実験したり、考える要素が多い内容が適当である.

実施時期

2,3学年の適当な時期に2,3ヶ月を予定する.技術がある程度使える段階に、学習してきた知識を実際に使う体験をする.また放課後の生徒たちによる共同研究が望ましいので、行事の少ない時期が適当である.

実施形態

大枠として教師が一つまたは複数のテーマを生徒に与え、その中で更に細かい小テーマ(または課題)を設定して、生徒の選択によって個人または班程度の小集団で取り組む.

時間割が難しいが、実際の授業では、1教室に2人以上の教師を配当する.最初に輪読・講義などにより基礎知識を補充する場合もある.授業は個別指導の場となる.生徒たちは本を調べたり、コンピュータなどを利用して多量の計算や図形やデータ処理など実験をする.小集団で討議できるようにする.数学の討論ができたら、夢のようである.

発 表

その成果を発表する場が必要である.他の生徒と成果を交流することが必須である.それは生徒の意欲を向上させる.内容を普遍化・論理化する契機になる.学校単位を超えて府県や全国レベルの発表大会も考えられる.また、インターネットを通じての発表も視野に入れる.情報発信ができる.大学との交流の試みられても良い.

評 価

課題研究に応じた筆記試験以外の評価方法が必要である.発想や感覚が問われる.いわば芸術科目のような評価方法を作る必要がある.この評価により数学自体の興味が増加することを期待する.

教師の対応

指導する教師の力量が前提条件である.具体的なテーマの材料を収集し、蓄積する必要がある.研修の必要がある.教師の側にも探求する姿勢が求められる.教師側の条件が整えば、他の場面でも課題研究的な授業ができる.

大学入試

課題研究を受験問題演習の時間にしないためには、大学側の対応に期待したい.高校現場での受験圧力は強い.おそらく課題研究の成否は、大学側の対応にかかっている.


具体的な課題は、一般向けの数学書や教育団体の研究から材料を探せば良い.また、大学の公開講座の内容に適当なものがある.本会がこれまで取り組んできた次の研究内容は、課題の例になる.

同じもののある円順列、サイコロで1から6の目が揃うまでの回数の期待値、電話網、金庫と鍵、反転公式とその応用、nを法とした数列の循環、2変数の視点から見た図形と方程式、非回転体の体積、くり返し文様、2^nから生まれた数学、4次元正多面体、n次正方盤の桂馬飛び、順列組み合わせから見た数列、フィボナッチ数列、20世紀のユークリッド幾何、三角形タイルと無理数、pを法としたパスカルの三角形、ポリオミノなど

5.4 大学入試への要望

数学Cが理系入試科目に指定されたように、大学入試はそれぞれの高校の教育課程に大きな影響を与える.従って教育課程を考える立場から見て、教育課程が十全の効果を発揮するため、大学の選抜方法に対して工夫を要求する必要が存在する.

数学B,Cでは大学入試科目の設定は、2,3単元から1単元の選択問題にして欲しい.1単元のみの画一的な指定では、実質的に選択でなくなる.数学Aの全ての内容も選択科目に入れて欲しい.そして暗記では出来ない考える問題を入試に出題して欲しい.

課題研究を入試の多様化に利用して欲しい.面接や口頭試問中心の選抜、総合的な課題研究を評価する方法(大学と高校の信頼関係のもとで)、インターネットを通じた課題研究の成果など、筆記試験による選抜と別のルートで選抜する可能性を大学と協議する必要がある.課題研究と公開講座をつなぐことも考えられる.例えば10名くらいを課題研究に関する面接で入学させる事が出来ないか?課題研究のレポートを推薦入試に使えないか?

その工夫により大学は学習意欲のある学生を選抜できる.大学教育が得る効果は大きいと考える.数学の楽しみを経験し、考えを表現できる生徒が入学できる.数学会の調査にあるように、現在の大学生の数学の力は低下している.課題研究を通じて、青年期の純粋な向学心を高める必要がある.

6.教育課程案

6.1 全般的な教材配置

前提として、中学校から「2次方程式・2次関数」が高校へ移行すると仮定している.配置には理科との関連・総合的な学習の基礎になることを考慮に入れた.科目の位置づけと教材の配置は以下の通りである.

数学 I

高校生として初めて学習する数学であるから、中学と違い新鮮に思える内容を含む.例えば、2次関数、複素数や三角比などである.2次方程式は技術として必須である.また、解を求めることは式計算の有効性を認識できる.2次関数は関数教材の基本である.変化の割合から微分係数に発展させ、速度と変位の関係に応用する.三角関数も応用の広さから外すことはできない.2次方程式や簡単な2次関数は、中学で選択の時間に教えられるかもしれないが、高校の新しい内容を含める.以後学習の基礎となる必要最小限の内容である.

数学A

数学 II 以後に進むための共通履修科目の設定をせず、他の科目と独立した内容から選択することにした.今後の学習に必要な基礎知識とこれで学習が終わる生徒に向けた内容を併せ持つものとする.順列組合せと確率は具体的な対象を扱う.なじみやすい教材なので、できれば数学Iに入れたかったが、数学Iにゆとりを持たせることと他の内容と比較的独立していることから、ここに置いた.数学基礎や総合的な学習の時間でも扱う.組合せの後確率を学習するため、組み合せだけを数学Iに置けない.指数対数関数の扱いは、コンピュータなどを利用して実際的な例を通じて学習させる.総合学習の数理的基礎として、1年で学習できるようにした.

数と式は章立てをせず分散させた.計算訓練は目標があればその意義を理解できるが、単に訓練のための訓練では生徒の意欲を損なう.スポーツでも基礎訓練は目標への必要性を感じて実施される.

数学 II

高校数学の中心となる科目である.標準単位数が4単位なので、関数にこだわらず広がりのある内容とする.高次方程式・三角関数・微積分など計算を要求する分野をここに入れる.計算の裏付けがあって初めて数学的な考え方で最終的な結論まで到達する.方程式と図形と方程式は内容が関連しており、方程式を先に学習する.周期関数と加法定理の応用の広がりから見て、三角関数は外せない.多項式の微積は錐体や球の体積まで学習する.この内容で高校数学のまとめとする.内容量として計算に十分上達するだけのゆとりを持たせている.

数学B

課題研究と残り3単元から1単元の選択とする.3つの単元には1.5単位分程度の分量を配当する.生徒の選択が実質的に行われるためには、魅力ある教材が並ばなければならない.理系志望の生徒はベクトルを、文系志望の生徒は確率・統計を選択することを予想する.ベクトルは空間ベクトルまで系統的に学習する.統計や整数の話ではコンピュータを活用し、実験やインターネットを利用して情報を処理する内容を含む.これらは課題研究の材料となる.

数学 III

高校数学の目標である微積分とする.実質的に多くの精力が割かれていた数列の極限がなくなるのでゆとりができる.また分数・無理関数を削除している.微分方程式を復活させる.微分方程式は理論的な扱いの上で多少の問題があるのはやむを得ない.論理的に完全な展開を目指すより、微分方程式を用いて自然界の現象が解析でき、現実的な意味のある解が得られることに微分方程式の意味がある.微積分の重要な応用部分である.総合的な学習の基礎となる.

数学C

課題研究と残り2単元から1単元の選択とする.理科系の学力水準の低下を危惧する社会的な意向があるので、理系の必修科目となる可能性が高い.文科系生徒の3年での数学選択が減ると予想される.理系生徒は数列を学習する.等比数列の和など数学的な素養として必要なものであるが、現在では表計算ソフトなどで実際の計算はできるので数学Cに置いた.理系志望の生徒が、ここで系統的な学習をする.幾何を好む生徒には複素数平面を設定し、平面上の点の変換や非調和比などの道具で図形を扱う.行列と1次変換の導入は大変魅力的であるが、その場合数列が選択できず、両方やることになっては過重負担になる.


「微積分の到達目標は概念的な理解だけで良い」という意見に反対する.確かに高校生にこのレベルの微積を学習させている国は数少なく、微積を削除すれば、ゆとりが生まれる.しかし、微積分は機械的な計算で意味ある結論が得られ、学習効果が明確である.ここでは教え込みが有効である.計算ができなくて概念的な理解ができるとは考えられない.また、微積分は数理的な考えの一つの基礎であり、総合的な学習の時間に活かせる.現在の高校での教育成果を、大学教育では期待できない.高校での微積分は譲れない.

6.2 小中学校との関連

小中学校での算数・数学の授業時間は、総合的な学習の時間などの設定により減少することが決定されている.小学校では現行1011時間が改定案では869時間になる.14%減である.中学校では3,4,4単位が、改定案では3,3,3単位になる.総合的な学習の時間や中学での選択など現在扱いが未定の時間もあるが、大枠として教授内容の削減は必然である.その結果、前回までの教育課程の改訂と異なり、中学での教科内容の一部が高校に移る.それを考慮して教育課程を作成した.

小学校中学校での教育課程について、本誌に芝田先生の教育課程案が掲載されている.本案の教材配置は芝田案との調整を経て決定された.現在予想される高校への移行内容は、一般の2次方程式・2次関数・円周角である.

しかし、中学の内容から「円周角」が高校に移行することに反対である.図形的な論証は中学で完成することが妥当である.高校での図形の扱いは、統一的・代数的な手法を主とする.「円周角」は中学の範囲とした.

それぞれの校種で内容のまとまりがある.小学校から分数や比例を削除することはできない.同様に中学から三平方の定理を除くことはできないと考えた.図形の論証や無理数も中学の範囲となる.そこで一般の2次式や2次方程式を高校に移行する内容として確定させた.

6.3 その他

1.単位削減

中間まとめにあるように、精選した教育内容でゆとりを持って深く考える方向が重要である.授業時間が減るという理由だけで削減するだけでなく、ゆとりある授業で生徒の成長を図るために教科内容を削減する.誤解した生徒を待てるだけのゆとりが必要である.

具体的に述べる.現行教育課程に比べて、大枠としてベクトル・複素数平面のうち1単元が減り、また数学Cが削除される.ただし2次方程式・2次関数が加わる.センター試験の科目を仮に数学 I ,II と数学A,Bとすれば、複素数平面・数列が削除される.

2.テクノロジー

コンピュータやグラフ電卓は、数学科にとって道具として使えれば良い.数学科としての利用形態では、普通教室で教師が生徒にパソコンの画面を見せられる設備的な配慮(ノートパソコンとプロジェクターなど)が必要である.コンピュータ室など専用の部屋を、生徒が放課後など自由に利用できる形態が望ましい.ホストコンピュータとモバイルコンピュータとのネットワークの利用でデモンストレーション効果を期待できる.

一つの問題から発展して、実験する必要性を感じさせ、その上でコンピュータを利用するというのが数学として利用の一つの形態である.目的があるから道具を使う.課題研究の道具としてコンピュータなどは非常に役立つ.実験などのために言語、表計算、数式処理のどれかを使えるようになるのが望ましい.

また、目的を持ってインターネット上で情報を受信・発信できる.特に統計では意味のある情報を収集できる.

3.他の教科との関連

なるだけ少数の原理により、多くの現実を認識できるようにすることは「生きる力」を育てる上で重要である.数学独自の世界があるにしろ、他教科との有機的な関連をつけることは数学にとっても望ましい.また、合理的・統合的な学習により、学校5日制による授業時間数の減少に対応する.

具体的には理科への応用を考慮に入れ、2次関数と落下運動を結びつけ、指数・対数関数を1年で学習できるようにし、化学などと関連付ける.三角関数に波や単振動などを入れる.微分方程式を加え、簡単な自然現象を解析する.また、確率分布・統計では社会統計などをコンピュータを利用して処理する.

これらの内容は総合的な学習の時間に教材として利用できるようにする.

4.教科書

大学入試との関連で、特に現行数学 I ,II では、教科書での扱いが制限されている個所がある.題材をどのように扱うかは、その単元の系統性などを中心に考えて、教科書や教員に委ねるべきである.ある程度のガイドラインを指導要領は示すだけで十分である.細かい制限を加えるべきでない.様々な教科書が出来る可能性があるが、高校教員の意識が変わり、入試が改善されれば、自然淘汰される.

テクノロジーの利用として、教科書では様々な場面でコンピュータや電卓の使用例を載せると良い.教科内容の関心喚起や理解のためデモ的な効果を期待できる.また、基本的な概念の理解ができた後、コンピュータなどを様々な問題解決の道具として利用することを勧める.

6.4 具体的な教材構成

数学 I (3単位)

自然数の列・順列組み合せと確率を削除し、2次方程式の解法を入れる.2次関数の解析、三角比の図形とする.少しゆとりがある.2次関数より以前に2次方程式を学習する.

数の体系と無理数の計算を行う.因数分解はたすきがけまで、式計算は方程式で利用するために行う.2次方程式では、まず具体的な数値係数の方程式を扱う.応用題を入れる.虚数解も導入し、解の判別を行う.複素数の四則を教える.

2次関数では y=ax^2 から入る.中学校で教えられている変化の割合を導入し、平均変化率から接線の傾きまで教える.極限計算は現行数学 II 程度.導関数は導入しない.瞬間の速度と関連付ける.落下運動で瞬間の速度など力学的な内容にも触れる.解析幾何的内容としては、判別式や接線の傾きを使い x軸など直線との交点・接点を調べる.また、2次不等式は数値係数の2次不等式を解くことから始めて、関連して絶対不等式の証明を含ませる.相加相乗の不等式を入れる.不等式の証明は関数として捉える.分数関数に簡単な分数式の計算を含め、レンズの焦点距離などの例を入れる.

三角関数の基本的な性質 sin^2 θ + cos^2 θ = 1などを扱う.三角関数の定義を 180°までの角に拡張する.基本的に現行通り.

数学A(2単位)

選択内容として、順列・組み合せと確率の離散数学、指数対数関数、グラフ理論から2単元選択とする.時間に余裕のある場合、課題研究を実施できる.ただ分量が少し多い。数学 I と内容の関連がないので、どの単元から始めても良い.

順列・組み合せは従来どおり.組み合せの応用で2項定理を証明する.数学的帰納法を2項定理と関連して導入する.確率は一般の乗法定理を含む.期待値は含まない.

指数法則から導入する.それを十分練習した上で、指数の有理数への拡張に入る.対数計算は指数法則の裏返しであることを認識させる程度とする.具体的な変化で指数的対数的な変化をするウイルスの増殖など、なるべく具体的な自然現象や社会現象を取り入れる.総合的な学習や化学と関連させるため、1年で学習する.

平面グラフの簡単な性質(一筆書きなど)を調べ、オイラーの公式を導く.正多面体が5種類であることを示し、その性質を調べる.また、具体的な問題でグラフを応用する.

数学 II (4単位)

方程式の代数、図形と方程式は代数と幾何、三角関数・多項式の微積分の解析でまとめる.図形と方程式は方程式を履修した後学習する.

方程式の理論とそれに必要な整式の理論をまとめる.方程式の解の求め方、性質を調べるために多項式の割り算と恒等式を教える. a^3−b^3 型の因数分解は因数定理から導く.解と係数の関係は3次方程式以上の解が求まらない方程式で考えるのが正当である.2次の連立方程式を扱う.

(連立)方程式の解があるかどうかなど、代数方程式と図形との関係を重視する.楕円は円の方程式を x軸、y軸方向を縮小拡大することにより方程式を導く.焦点など楕 円の幾何的な性質は扱わない.ほぼ現行通り.

物理との関連で、弧度法を教える.周期的な運動と関連付け、波の運動や単振動などを取り扱う.ほぼ現行通り.

多項式の微積分では、簡単な極限計算、接線の方程式を扱う.積や合成関数の微分法、4次関数程度まで扱う.簡単な置換積分、速度やその積分として変位、また体積を扱う.

数学B (2単位)

3単元から1単元の選択、それぞれ1.5単位相当の内容なので、余った時間で課題研究に取組む.

ベクトルは、力学的な内容や空間の解析幾何の内容(平面の方程式など)を含む.空間ベクトルの外積まで学習する.空間をベクトルを使って自由に扱えるようにする.

確率分布から統計的推測まで.課題研究として実際的な資料の統計的処理ができる.

整数論では割り算の復習から、互除法をやり、1 次不定方程式へ、合同式、フェルマーの定理、原始根を内容とする.実験的な要素を重視する.万年カレンダーや暗号を課題に出来る.

数学 III 微積分 (3単位)

 現行の内容から数列に関係する内容を除く。理科との関連を重視し微分方程式を含める。

数学C (2単位)

数列、複素数平面から1単元のオプション.ある程度深い内容まで踏み込む.余った時間を課題研究にあてる.

離散数学の基礎をここで学習する.まず具体的な数列の一般項や和を求める.微積分と比較できる.数列の極限と無限級数を加える.数列の応用として組合せ・確率や微積で現れる数列を解析する.連立漸化式も扱う.

現行の内容に加え、幾何的な応用として非調和比を含む。解析幾何的内容も含む。美しい幾何が展開できる

数学基礎 (2単位)

前段で述べたように、扱いが難しい教科である.選択する学校があるだろうか.しかし、強いて考えれば、数学Aのグラフ理論に当たる部分を教材化する.幾何的なものを入れる.資料の整理から確率を教材化する. 数学Bの整数の話をコンピュータや電卓を用い、実験的な内容に組み替える.

中間まとめの方向と異なるが、あの内容では数学から脱落した生徒を救えない.

総合学習の時間 (2単位相当)

理科や社会科の題材で、数学的な内容を取り出し、関数的な見方などを身につけれる教材を作る.一方数学の様々な分野で理科的な内容を関連させて取り上げる.ただ、理科との密接な関連をつけるためには、理科と数学の教育課程の調整が必要である.社会現象や経済を取り上げ数理的な扱いをする.実際的な問題で確率などを応用する.

7.後書き

今回の改訂は学校5日制に伴う限定的なものと思われていたが、実際は総合的な学習の時間の導入など、かなり大幅な改訂である.また、残念ながら現行教育課程の評判は悪い.というより、それに大きな関心が引かれないほど数学教師自身の数学教育への熱意が減少してきているように思える.教材の並び替えだけではなく、実際に現場での指導内容に工夫ができ、生徒と教師が数学を真剣に楽しめるシステムとして教育課程を考えた.

次の次に教育課程の改訂がある時、数学科という存在があるか?という不安がある.数学が生徒に面白くなり、系統的な学習により技能を獲得し、自由を拡大するものとなって、生徒や保護者に支持される教科になることをこの提案では目指した.

そのために、教師が生徒の「できる・できない」のみを評価するだけでなく、子供の発想の広がりや多様性を認め、自らも数学の面白さを味わえる場を設定したいと考えた.

課題研究や1単元の選択は、実際の授業が教え込み型から探求型へ変化するきっかけになる.今日と同じ明日があるとは限らないのは、数学教育に対しても言えることである.